« 春の山辺の道 | Main | ササユリ »

May 09, 2006

悠久のめぐり

この5月の連休中に、朝起会場で2度、演壇でお話しをさせて戴く機会があった。その演談の一つをブログに載せることにした。

Akino_31   ーーーーーー

     <前略>

会長先生の「春の大会」のお話しの中に

「夜明けの光芒が山の端に走ろうとする時、消えゆく星々に夜の終わりと朝の始まりを予感する時、そして悠久の宇宙の廻りと大自然の摂理に思いをはせる時、襟を正さずにはいられないのです」 という件や、或いは
「夜空が白み始め、やがて最初の光芒が地上に走る時、私たちは悠久の宇宙の廻りに思いを馳せます。そしてその瞬間に、私たちは大自然の摂理を直感するのです」

とかいった夜明けの瞬間の描写がありました。私は以前、写真撮影で実際に体験したことがあるこのような大自然の雄大かつ荘厳な光景に、言いようの無い懐かしさと畏敬の念を覚えました。そしてそれと同時に、柿本人麻呂の有名な歌を思い出しました。

東(ひむがし)の野に炎(かぎろひ)の立つ見えて
かえり見すれば月傾((かたぶ)きぬ

人麻呂がこの歌を詠んだのは、西暦692年11月17日のことで、軽皇子((かるのみこ、後の文武天皇)のお供として、大宇陀の阿騎野山一帯で狩をした時のことでした。夜が正に明けようとする時、東方の青山峠から昇る荘厳な朝日が人麻呂の心をとらえ、それを「東の野に立つ炎」として表現しました。そして振り返ると、明け方の月が正に沈もうとしていました。

Hkakinomoto_1

会長先生はそのような朝の光景を「夜明けの光芒」と「消え行く星ぼし」と表現され、「悠久の宇宙の廻り」と「大自然の摂理」を思い浮かべられましたが、人麻呂もまたこれから即位をされようとする若き王、軽皇子(かるのみこ)の命を「東の野に立つ炎」に譬えられ、そして病に倒れられた軽皇子の父、草壁皇子(くさかべのみこ)の命(=死)を「月傾きぬ」と表現しました。

人麻呂の夜明けの歌には、自然の情景の中に世の中の移り変わりや人間の生死が詠まれています。太陽を拝む聖地にきて、そこに昇りゆく太陽と沈みゆく月を組合わせ、とてつもなく大きな、宇宙的な命の循環を歌いあげた万葉人の心に、私は会長先生のお心をダブらせて、ひと朝、ひと朝の大切さを実感として学ばせて戴きました。そして倫風6月号で「春季大会のご倫話」を改めて拝読させて戴いて、この大きな命の循環を感じさせるものこそ朝であり、朝起会であると強く感じさせて戴きました。

Himugasi_poem_2 会長先生はご倫話を次のように結ばれています。

「60年一日のごとく、ただひたすら朝起き会を続け、今日をより良く生きるための実践に邁進して参りました。そして新たな60年の結果を決めるのもまた皆様の朝起きであり、今日一日の実践であります。朝起きの意義をしっかりと自覚し、これからも日々の朝起きに勤しんで戴くことを心から願うものであります」

    ーーーーーー

この意味で、私も会友の一人として本会の素晴らしい教えに感謝し、より良い実践を目指して、努力することを心に誓ったのである。

|

« 春の山辺の道 | Main | ササユリ »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30775/9979047

Listed below are links to weblogs that reference 悠久のめぐり:

« 春の山辺の道 | Main | ササユリ »